Let's \D進/

シグナルバイク!!!!!

ドクター!!!!!!!!

この記事にはなにが書かれているのか

D進(博士過程へ進学すること)を闇雲に推奨するものではありません.

私はD進を予定する大学院生(修士2年)です. D進するにあたり,私がこれまでどう考え,どのように行動してきたのかを,まとめておくものです. もしD進を考えている人がいたら,後悔のない選択のための参考になればいいなと思っています.

なお,本記事はeeic (東京大学工学部電気電子・電子情報工学科)その2 Advent Calendar 2018,最終日の記事です. 今年のアドベントカレンダーを立ち上げてくれたずんずん,ありがとう.

お前は誰だ?

前述の通り,私はD進を予定する大学院生(修士2年)です.

本記事では基本的に,大学名・所属などを直接には示しません……と思いましたが,eeicアドベントカレンダーに参加している時点で半分以上明かしてますね. 東京大学工学部電気電子工学科を卒業し,大学院(工学系ではありません)に進学しました.分野は強電系です.

実は私は,B4(学部4年生),修士,博士と,すべての課程で異なる研究室に所属する(予定)です. 状況は少々特殊かもしれないですが,まずはどういう過程をたどってきたのか,またその時どうかんがえていたのか,というところから整理していきたいと思います.

後半では,DC1(学術振興会特別研究員)申請について,少し記述する予定です.

これまでの3つの出来事!

eeic進学以前

もう東大って書いちゃったから書きますけど,理科一類の出身です.

知っている方も多いと思いますが,東大はシステムが特殊で,大学2年までは全員教養学部(前期課程)というのに入れられます.2年生の後半から各学部学科に振り分けられます(これを進振りと言います). 理科一類は物理・化学系を志望する学生の多い科類なんですが,まあそこからでも文系・生物系など他分野へ進学することもできます.

私は工学系を志望していましたが,どんな系統に進むのかはあまり決めていませんでした.強いて言えば機械系が候補に入っていたような覚えがあります.

さて,そんな1年生の頃,私は工学系のオムニバス授業で,ある概念と出会います(これは伏せますが発電に関する概念です). これは研究途上の概念ですが,実現すれば世界の電力事情が大きく変わる概念です.

当時は東日本大震災から3年しか経っておらず,発電というか電力事情というものに対して,私も不安というか,このままではいけないというような考えをは持っていました.しかし,それに対してどのように行動すればよいかはわかっていませんでした.

そんなぼんやりとした不安と結びつき,私はその概念に強い興味を持ちました. 自分でも科学館や研究所を訪れて情報を収集しました.

そして進振りに際しては,その授業を担当していた教授のいる工学部電気電子工学科(eeicの片割れ)を志望しました. 一応学科選びは少しだけ悩みました.比較対象だった学科はチャラ・ウェイ・オラつきの巣窟という印象があり,カリキュラムも比較的緩い感じを受けました.一方eeicはカリキュラムがギッチギチにきついですがオタクが多い印象で生きやすそう.カリキュラムについても,俺は圧倒的に成長するんだという強い気持ちでeeicを選択しました.

何月病だったんでしょうね.

eeic B2後半からB3

学科のカリキュラムはギッチギチでした.

情報系がくっついているため,電気系でありながらプログラミングの授業等も取らねばなりません. 前期教養からの友人や新しくできた友人たちにおんぶにだっこで乗り切りました.圧倒的感謝.

しかも,卒論研究を行う研究室の配属は成績順で決定されるとあって,特定の研究室を志望して学科に入ってきた私は,ちゃんと授業に出て課題をやって……と忙しく暮らしていました.とはいえ,成績は真ん中ちょい上くらいでした.

B3になると,学生実験が始まり,一層忙しくなりました. この時期に,やはり友達に頼り切りながら,LaTeXを導入して実験のレポートを書き始めました. あとからTeXの話題はまた出てきますが,この時期にTeXを使えるようになっておいて本当に良かったと思っています.早ければ早いほど良いぞ.

さて,この頃には博士進学の意志をほぼ固めていました. 私の志望する分野は,前述の通り研究途上です. その実現に向けた活動に関わってみたい,と思うと,どうしても研究職に就くことが求められます.もちろん就活した先で関わっていく方法もまったくないわけではないですが,僕は研究職として関わりたいと思いました.

そして研究職に就くためには,博士号が必要です.

最速で博士号を取るためには,博士課程に進学しなくてはならないわけです.

結局成績順では志望研究室に落ちたのですが,最終的には無事,その研究室に配属されました.

B4

B4で博士進学を決めてるやつなんてそうそういませんからね. やる気はある部類だったんじゃないでしょうか.

しかし,配属先はいろいろと問題があり,直る予定のない装置故障,突如始まった居室のリフォームなど,なかなか「研究」に着手できませんでした. そんな状況が3ヶ月続くと,教授や研究室への不信も強まるというものです.

6月,修士課程への出願のタイミングで,私は研究室を変えることを決意しました.

院試を無事乗り越え,苦しみつつも卒論を提出しました. 特に書くことはありませんし,特に成果も得られませんでした.

研究室は気をつけて選ぼうな.

修士課程(今ここ)

3つと言ったな.あれは嘘だ.

修士課程では,機械学習を用いて過去の実験データをなんやかんやすることになりました. いまでも毎日なんやかんやしています. この内容で修論を書きます.

さて,修士課程で所属することになった研究室は,定年間近の教授が運営しています. 具体的には,私が修士課程を規定年限で修了する時点で教授が定年退職します. つまり,博士進学する際にはもう一度研究室を移らなくてはならない,ということです.

これについては,修士課程の入試時点でわかっていたことですので, 有利不利で言えば不利かもしれないですが,たいしたことないと考えています. 重要な点は,ラボが決まった時点(実際は院試の面接の時点)で,D進の意志があることを教授に強く伝えていた,という点だと思っています.

おかげでM1の時点で国際会議(国内開催ですが)で2回発表し, 国内学会の出している英語論文誌に1本論文(proceedingsですが)を掲載するところまでこぎつけました. これもすべて学振を見据えて,稼げるだけ発表数を稼いでおこうというプランでした. また,M2の夏までにさらに国内・国際学会での発表予定を得ましたので,これらも学振申請に書くことができました.

さらに,このブログでも書きましたが,M1の3月にヨーロッパ武者修行とかいう謎企画が組まれ, 私は単身でヨーロッパ3カ国を渡り歩くことになりました. これは直接的に成果に結びつくものではありませんでしたが, 行った先でのプレゼンなどを通して現地の研究者と交流ができたり, 外国の研究所がどんな様子なのかを知ることができたりと,収穫は大きかったように思います. あと単純に度胸が付きました.

ボスはじめ周りからの圧はかなりありましたので, メンタルが削れることも時々ありました. 時々この教授は俺を博士学生だと勘違いしてないか?と思うこともあります.

この時期に学振申請も書きましたが,これは後述.

博士課程(予定)

新しく指導教員になる教授は,外部の研究所の所属で, 東大では客員という立場になります. 現在所属している研究室を新ボスが実質的に引き継ぐことになります.

テーマは大きくは変わらず,このまま機械学習でなんやかんやしていくことになろうかと思います.

学・振・申・請

やっと本題ですね. 「こうすれば通る!」なんて書けるわけもないので, 基本的には単に自分がしてきたことを列挙します.

それではまず,私の置かれていた状況から見ていきましょう.

  • M1になった時点
    • B4→M1でラボが変わった
    • この時点でD進の意志は固く,DC1を取りたいと考えていた
    • 変更先のラボの教授は定年間近のため,D進するならまたラボが変わる
  • M1の間に起こったこと
    • D進先の教授(以下新ボス)とコンタクトを取った
    • 新ボスは外部の研究機関にいるため,なかなか会えない
    • 学会・論文をいくつか出させてもらった

学振タイムライン

上記の情報を合わせて,時系列で見てみます.すべて

M1

4月

修士進学,教授にD進の意志を伝える.テーマが決まる.研究が始まる.

7月頃

秋の国際学会(開催は国内)2本にアブストラクトを投稿.なお査読なし.

11月

国際学会(開催は国内)2本でポスター発表.

12月

国際学会のProceeding論文を書く.

1月

論文の修正をしながら, 学振申請書について考え始める.

研究室が小規模な上,周りにDC持ちがいなかったため,とりあえず本を買いました.学振申請書の書き方とコツという本です. 写真によると大雪が降った日.

申請書は毎年少しずつ変わるので,完全に全て正しいわけではありませんが,かなり参考にしました.過去に実際に通った申請書が何枚か載ってるのが良いです.

2月

2月20日科研費LaTeXでDCの申請書が公開されたようです.(リンク先は2018年秋応募分)

私はこれより少し前に前年度版をダウンロードして,2月半ばには書き始めていました. これにはいくつか理由があります.

まず,単純に新ボスと会う機会が少ないため,早めに修正に取り掛かりたかったから.次に,3月にヨーロッパをうろうろすることになっていたので,3月はあまりDC1申請書に書ける時間がなさそうだったから.あとは,そわそわして落ち着かなかったから,です.

3月

ヨーロッパにて,最初のバージョン(ver. 0)を書き上げる.

5月まで

結局Ver. 6まで,計6回の大型アップデートを経て提出しました. 基本的には新ボスとのやり取りの中でアップデートしていきましたが, 最後の方では友人たちに共有してコメントつけてもらいました.

専攻とかによっても違うと思いますが,提出は結構面倒くさいので早めに書き上がっとくと良いと思います.

10月

10月第3週くらいに結果がわかると勝手に思ってたんですが, 10月12日にメールが来ました.

メール開封時は流石に手が震えました.

学振,僕から言えること

早めにD進する旨を伝えよう

D進の意志がある学生とそうでない学生に対しては, 指導教員から与えられるプレッシャーもチャンスも,かなり違うと思います. 実際に修士1年から僕は発表のチャンスを多くもらいました. 得られるチャンスは全部使ったほうが良いと思います.

早めに書き始めよう

僕は前述の理由から2月には書き始めてました,まあこれは早すぎる例だと思いますが.でも3月とかに書き始められるほうがいいんじゃないでしょうか.

はっきり言って学振申請書の第1稿がほとんどそのままで出せる人なんてほぼいないでしょう.何度も書き直しましょう.

また,科研費LaTeXで望む形式をきちんと出力できるように(=ギリギリになってからTeX関連でバタバタしないために),早めに動いたほうが良いと思います.

書き方についてなんか言うとすれば

よく言われますが,相手は自分の分野については何も知らない,という前提を持つこと.その上でどれだけ表現を詰めていけるかということ.より簡潔な言い換えがあればそれを採用するのは当然です.

何度も書き直す,に通じてきますが,とにかく限られた字数で自分の考えていることをどれだけ伝えられるかです.

わからない

何がわからないかというと,審査基準です.非公開なので当然なんですけど.

私の研究室では,申請時点で僕と同じくらいの業績だった先輩(結構上ですが)が誰もDC1に通っていないという経緯がありました. そのため,「業績があるから通る」「業績がないから通らない」と一口に言ってしまうことはできないと考えています. 「論文出してるんなら通るでしょー」とか言われても全然安心できませんでした.

ポジティブにーパッションにー

何故か僕は「DC1に通る」という根拠のない自信に基づいて生きてました.

それぐらい振り切った精神状態のほうが,生きやすいかもしれません……と思ったけどこれは完全に生存バイアスですね. セーフティネットとしての,他の奨学金やらRAやらは,探しておいたほうがいいと思います.

Dの意志 / 思考と決断について

早く決断すること

すでに述べたように私はB3時点でD進の意志をほぼ固めていました. これによって得られたメリットは以下のとおりです.

  • 就活とD進で悩む必要がない
  • 就活イベントとかいうのに時間を取られない
  • ガンガン集中して研究できる!!
  • (場合によるが)教授の理解と協力を得やすい
  • ガンガン集中して研究できる!!

デメリットのようなものは以下のとおりです.

  • 後戻りができない(気持ちの上で)
  • 就活の話題についていけない
  • 研究しかすることがない
  • 学会や論文投稿でのプレッシャーがやばい
  • (場合によるが)教授からのプレッシャーがきつい

周りが就活してる間にガンガン研究してドンドン発表して,学会会場でも色んな人とコミュニケートしていくぞという気持ちでやっていました. 学会発表が就活代わりみたいなもんですね.

悩まなくてすむ

就活はしないと決めていたので悩まなかったわけですが, 悩むことによる精神的ストレスを受けずに済みました.

まあ周りからはちょっと浮いていました.

もちろん,悩まなくても受けるストレスとか,研究に対するプレッシャーとか,そういうのはバリバリ受けました.

後戻りができない

できるんですよ?

別にD進やめてもいいし,休学しても退学してもいいんですよ.周りにもいっぱいいますよ.

別にD進してからも普通に就職してもいいんですよ.

できますけど,でもなんかちょっと後戻りしにくいような,そういう気持ちで生きています.

一応今の所,後戻りする予定もつもりもないですが.

怖い話

どこのコミュニティで話していても「D進したらすぐ彼女と別れた」という報告を聞きます. 怖いですね.

D進ジェネレーションズ FOREVER

「さいごに」です.

D進は人生の中でもかなり大きな決断だと思います.僕もそうです. 今後の人生がドンドン狂っていくんだと思います. でも後悔はしないようにしたいので,頑張って生きていきます. 頑張って生きていくから,応援してくれ. 具体的な応援する手段としてのほしいものリストは今度公開するからTwitterを見ててくれ.

この記事が,D進を考えている人の助けになったりならなかったり,それ以外の人のいっときの娯楽になったりすればありがたいです.

8000字も書いちゃったしね.

それでは,良き人生を.

欧州遠征記 0日目-1

帰ってきた欧州シリーズである。

今回もまた、(正直しんどくてそんなに行きたくない)欧州出張について記すものである。

今回は学会参加のための渡航で、気合入れて単身で行くぜ!というわけではないので、多少気が楽ではある。移動に次ぐ移動という予定もないので、観光の余裕もあるだろう。

 

アタシ聞いてない!!

出発の前日、 昼間のうちに荷造りを終え、ぼーっと座ってると渡航がどんどん不安になってくるので、22時頃までLoLをプレイしていた俺は、背後から近づいてくる異常事態に気が付かなかった!

それは航空会社からのメールであった。

ということである。

とりあえず書いてある番号に即電話、そしてTwitterで海外旅行に詳しい人に相談しつつ対応をググる

電話は、混み合っていて待ち時間は50分以上と、自動アナウンスがあった。まあそのくらいなら待てる。そう判断して待機を開始。

とりあえず、

  • 前後してある他社共同運航便への振替を頼む
  • 無理そうなら、乗り継ぎ先を遅い便に振り替えてもらい、ホテルの手配などについて相談する

という方針を立て、待つこと2時間。

なんと電話は2時間つながらなかったのである。

そこで、羽田空港に行く時間を1時間早めてカウンターに並ぶという判断をし、日付が変わる頃に就寝。

この時点でちょっと泣いた。

 

空港とスタッフと振替便

案の定というか、第一案は無理だった。

そこで、乗り換えを1回多くして、23時過ぎに目的地につくルートを提示された。一応空港から市内までは深夜もバスがあるので、そのルートを採用。

乗り換えの過酷度が跳ね上がってるけど、あとは予定通り飛んでくれさえすればいける、はずだ。

電話で予想はついたけど、窓口(というか多分バックヤードでの処理)が追いついてなくて、結構待った。

あと、遅延分のお食事券として空港で使える1000円分のクーポンをもらった。

とりあえず空港で飯を食ったりマッサージチェア使ったりして時間を使い、機内へと乗り込んだ。

 

そして機内へ

今回もGoogleドキュメントを使って機内でメモを取る。ANAWi-Fiに気兼ねなく接続できる程度の財力がほしい。なんの躊躇もなく課金したい。


機内は結構スカスカな感じ。

うまいこと振り替えられた人たちだろうか。それともうまくはないけど振り替えたのだろうか。どっちにしろ通路側で隣がいないので、ラクラクである。


水の配布やフリードリンクがあることを見越して、あえて飲み物を買っていない。次の飛行機乗る前に没収されがちな気がするので。

日本時間14:47、離陸。ようやく。


さて、飛行機であるが、次の乗り換えが70分(だったかな?)である。

ここで入国審査があると思っていたのだが、どうも係員によるとここではないとのこと。それなら間に合うかもしれないが、国際線から国内線の乗り換えってどう考えても入国審査あるよね…?というのが心配。まあ荷物引き上げなくて良いので、空港をダッシュするかな……という気持ち。


離陸から1時間。日本酒おいしい。気を利かせて水もくれたのは素晴らしい。


LIFEを見てる。恵比寿にある暗いお店、行ってみたい。松虎?みたいな名前だった。

 

日本時間で21時半、点灯。

3時間くらいは寝た気がする。まだ眠いが。

努めて気分を明るく保つため、LIFE、アンガールズの単独ライブ、水曜どうでしょうアメトーークなどを見ていた。あと麻雀のCPU戦をやってみたがAIがみんな鳴きまくってつまらなく感じた。負けたし。


軽食と飲み物をもらう。返す返すもミュンヘンでの乗り継ぎが不安なので、降りる前に絶対にトイレに行こうと固く決意する。ダッシュできるように。

 

あとあったことと言えば、テトリスの機内記録を塗り替えたくらい。
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次回予告

やっとの思いでたどり着いた異郷で、待っていたのは衝撃だった。

さらなる試練が彼を襲う。

果たして彼は学会に参加できるのか。

次回、「ものすごくしんどくてありえないほどつらい」。

来週も、地獄に付き合ってもらう。

欧州武者修行記まとめ・準備編

これはなんの記事?

これは,欧州武者修行を終えた今,今後の海外出張・旅行に備えて色々と書き残しておくためのもの. 個人的な感想であり,特定の製品などを貶める目的はないことを明記しておく.

あと思ったより長くなってしまったけど他の記事より確実に内容があるので,読んでくれると嬉しい.

持ち物について

持っていって正解だったもの

SIMカード

なにはなくてもやっぱり電波だった.公共のWi-Fiなんてアテにならねえ. Twitterもしたしブログも書いたし地図も見た. 電波が入らなかったのはドイツでREで移動していたときくらいなもので,主要な滞在先では常に4G表示が出ていた. 地図が見れるというのはかなり安心するので良い.

2週間で,2GBぶん契約したのだが,あと1日(半日)を残して現在の使用量は1.9GB. ちょっと節約しながら半日過ごそうと思う,が概ね見積もりどおりといったところだろう.

ドイツもフランスもだいたいなんとなく英語が通じたのだが,一度だけ「炭酸じゃない水はどれですか」と訊くのにGoogle翻訳で表示したドイツ語を見せた.あと,ドイツのホテルでフロントの電話番号を知るのに,室内の表示をGoogle翻訳にかけた.

サンキューグーグル.フォーエバーグーグル.オーケーグーグル.

USB type-Cのコネクタ

映像出力とのコネクタのこと.プレゼンを何回かしたのだが,自分のMacを使いたいと言ったらコネクタあるの?と聞かれた. 違うところでは,スライドを内部のサーバにアップロードしてそっから投影しろと言われたので使わなかった. まあ持っていってよかった.そんなにかさばらないし.

モバイルバッテリー

長距離電車はだいたい電源が備わっていたのだが,それでもやっぱりあって損はしない. だいたい2席に1個しか電源ないし,そもそもあっても使いづらかったりする. 後述するが,変換プラグを差して充電器を差して……とやると結構不安定になる. 普通にモーメントが大きすぎるのは見ればわかる.イギリスのは3ヶ所差し込むタイプだから比較的安定していたが,ドイツとフランスは安定感最悪であった.というか何度も取れてしまった.そんなときはやっぱりモバブなのだ.

変換プラグ

Macスマホを充電したかったので2種類持っていった.どっちも充電器が幅広い電圧に対応している系のやつだったので,変圧器は不要.

1個は単に変換するだけのやつ.2個のパーツからなっており,変形合体してすべての形状に対応できるとかいうやつ.シンプルでいいんだけど,なぜかプラグを刺すときに火花が散ることが数回あったので怖かったです.

もう1個は,直方体をしており,レバー操作で各国対応のプラグが出てくるというタイプ. 2.4AまでのUSB充電口がついており,モバイルバッテリーの充電に使用. 出発前にAmazonで買ったやつだが,なかなか良かった.

チェーンロック

自転車用なのかな.ケーヨーデイツーで1000円で買いました. 長距離鉄道では車両の端(たまに真ん中)にスーツケース置き場があって,そこにスーツケースは置きっぱにしていた. ちょっと不安なので,棚にこれで固定していた. まあ俺以外だれもこんなことしてなかったけどね.心配は心配.

シャンプーとボディソープ

これは完全に持っていって正解. 1回だけ部屋にあった石鹸で体洗ってみたけど,全然泡立たなかった.

ペットボトルホルダー

リュックの側面にカラビナで引っ掛けていた. リュックは全部100均の鍵をかけていたのだが,それを開けずとも水が飲めたので便利だった. ここにまとめて書くが,カラビナも何かと便利だった. ホテルの鍵を自分の鍵とまとめるのとか,研究所の鍵を借りたときとかに使った.

S字フック

これもなんかの記事で見て直前に買ってったんだけど大正解. トイレに入ったときに,スーツケースはともかくとして,リュックを置く場所がなかったりする. あとはホテルの部屋でハンガーをかけるのに使ってみたり. 2個持っていったが同時に使うことはほぼなかった.単純に分散して持ちたかっただけ. 全くかさばらないし1個くらいあっていい.

荷物ベルト

長さが変えられてプラスチックのバックルがついているやつ(100均)と,家にあったゴム製のスーツケースに止めるやつを持っていった.上着をくくりつけたり,スーツケースの上にリュックを簡易固定してみたり,何かと便利だった.

洗濯セット

ハンズで買いました.妹が留学で使って便利だったというので. 下着とか靴下くらいはこれを使って洗って,室内に干していた. なんか洗濯ばさみ付きのハンガー的なやつも1個持っていった. 使用した洗剤はトップの部屋干しのやつ,粉末.

買い物袋的な

エコバッグ的なね.トートバッグ的なのを持っていきました. スーパーで買い物しても頼まないと袋くれないしちょっと高かったりするし. わりかし頑丈なやつをもっていったので,一時的なサブバッグとしても使っていました. 飛行機の中とかでも,リュックを上の棚に入れて,これを手元に置いておいた.

靴の手入れ

そんなにかさばらんしと思って,普段靴に塗っているクリームを持っていった. 結構歩いたし,相当靴が汚れて,くたびれた感じになったので,2週間放置するよりはやっぱり手入れできてよかったなと思った.

手ピカジェル

ホテルの部屋で,スーパーで買ったサンドイッチを食うときとか. 軽く除菌する感じがいい感じ.

地球の歩き方

書籍です. なんだかんだいってこういうのが結構頼りになった. バスの乗り方とか,まあググれば出てくるんですけど. あとは暇つぶしに眺めたり.

飴ちゃん

何かと腹は減るのだがすぐには食えなかったりする.ごまかすのに最適.

Google docs

スマホからも編集できるし,予め設定しておけばオフラインでも使える. 思っていたより便利だった.

Google Play Music

アイドルマスターシンデレラガールズのプレイリストを予めダウンロードして,オフラインでも聞けるようにしていった. 通信容量に限りがあるから結構重宝した.

YouTube

ホテルの部屋ではラーメンズのコントを毎日見てました.

使えなかったもの,次はいらないかなと思うもの

Macbook Pro

重いんだ…….13インチのProくらいなら,リュックにも余裕で入るし全然持ち歩けると思っていた.でも違った,リュックに入れた荷物で一番重いのはコイツだった.今この記事を書いているコイツだった. 若干ポンコツで不安があったけど古い方のMacbook Airを持っていくべきだったと激しく後悔した.

スリッパ

こっちのホテルには一度もスリッパはなかった. 歯ブラシすら置いていないから当然といえば当然か. ネットで見た記事に,「ベッドとシャワーとタオルしかないと思え」と書いてあったが,全くその通りだった.だから,持っていってよかったのだ,スリッパ. 飛行機でもホテルでも毎日使っていた.

毎日使うから問題だったのだ.日本のビジネスホテルで部屋においてあった紙製のちゃっちいやつを持ってきたんだが,3日目くらいで壊れた. フランスのスーパーに奇跡的に旅行用品売り場があったため,そこで購入した.5ユーロちょいだったかな. 微妙に小さいので,次に海外に行くときは新しいの買います.

パスポートケース

これ,ブックカバー的に両方の表紙を差し込むタイプを使っていたんですが,入出国のたびにケースから取り出さなくてはならないので結構面倒だった.あと研究所に入るのに結構提出の回数があったので. 防犯的には良いのかもしれんけど,裏表紙に折り目ついちゃったよ. 入出国が多い場合はスッと出せるタイプのが良いでしょう.

リュックの鍵

100均の鍵は信じちゃいけねえな,と思った.高くても1個1000円くらいだし,それなりのやつを買おうと思いました.番号式にしたのは正解だと思いました.

ガムのボトル

普通にいらなかった.出発直前は噛み締めから来る頭痛に悩んでいたから持っていったんだけど,デスクワーク減ったから頭痛も肩こりも全然なくなったよね!

Amazon Prime Video

ほとんどの番組が国内からじゃないと見れないって先に言ってよねー! AbemaTV!お前もだぞ! あてにしてたのに,クソアニメ見逃してんだからな! (どっかに書いてあったんだと思います)

欲しかったもの

同行者

是非もない.

ニット帽

欲しかったというか欲しかったから買った. 今年のヨーロッパは激寒らしく,パリに入ったら雪が降っており,イギリスについても雪だった. 普通に寒すぎて耳が痛くなったので,オックスフォードのお土産屋さんで10ポンドくらいで買いました.Oxford Universityってめっちゃ書いてあるやつ.

荷物の余裕

スーツケースが1週間程度用なので,最初から衣類圧縮袋をフル活用,しかも洗濯前提の荷物で,ほぼパンパンの状態でスタート. そのため道中ではほとんどお土産を買えず.ワインなんてもってのほか,絶対割れると思って買わなかった. いいんだけどね,旅行じゃなく出張だし. あとソフトケースなので若干心配だったみたいなところがある. 2週間用のハードタイプのやつがほしいです.家に置くところはないです.

携帯用のハンドソープ

潔癖ってわけじゃないけど,トイレのあととか石鹸で手を洗いたくなるじゃん. 調べたけどあまり売っていないみたいなので,まあ手に入ったら,という感じで. 前述の手ピカジェルで足りる感じもある.

まとめ

とまあこんな感じです. いろいろ調べながら荷造りしただけあって,持ってってよかったと思う小さいグッズは山ほどあったという感じ.S字フックとかね.

これで,「欧州武者修行記」シリーズも終了です.お疲れ様でした.

はやくシンデレラガールズ台湾公演LVに行きたい.

欧州武者修行記まとめ・滞在記編

これはなんの記事?

これは,欧州武者修行をほぼ終えた今,滞在した国や都市について適当に感想を書くもの.

フランス

エクス・アン・プロヴァンス

なんかもう懐かしいくらいだけどまだ1週間しか経ってないんですよね,ここを出てから. まあ気候がいい.最高にいい. そんなに観光したわけじゃないけど,朝市は楽しかったなあ.見てるだけで楽しい. あとは泊まったホテルが結構いいところだったっぽくて,かなり気分良く滞在できた. まあここまではまだ日本人と一緒だったので楽勝だったみたいなところはある.

パリ

通過しただけだけど,地下鉄の通路の暗さをよく覚えている.治安悪いって聞くしめっちゃ怖かった.

イギリス

オックスフォード

町並みは最高,街の雰囲気も最高.だいたい,英語が通じるってのがもう完全に最高. 今度はゆっくり来て,カレッジの中とか教会?とかも入ってみたいなと思う. まあ現地ついた途端に知り合いの日本人と会ってしまったので,急にイージーモードだったみたいなところはあった.

パブの飯は,味がついていないということを除けば基本的に良かった.味がついていないところが致命的にダメなんだろうけどな.エールは美味しかったよ.

ホテルがあんまり快適じゃなかったのでなんとなく全体の思い出が暗くなりがち. 最初からそう覚悟してればよかったんだが.ネット予約の安ホテルも考えものである.

ロンドン

1泊しかしていない上に夜に到着して早朝に出たので全然感想はないが,やっぱり都会なので,馴染みを感じる.治安は劣るんだろうけど,なんとなく居心地はよいものだった.

ドイツ

グライフスヴァルト

大学の街.ほぼ観光地ではない. だが,それだけに今回訪れた街の中で群を抜いて治安が良かった. もう最高である.だいたい街を歩いていて浮浪者がその辺に座っていないというのは画期的であった.一度も見かけなかった.

ただ,本物の「石畳の街」なので,スーツケースをひっぱって移動するのは結構しんどいものがあった.

ビールも驚くほどうまかったし,ホテルの滞在も快適だった.ソーセージうめえ.

ベルリン

ある程度都会だが,中央駅付近で工事中だったのもあって最初は夜歩くのちょっと怖かった.暗いし. ただソーセージはめっちゃうまい.

ベルリン中央駅の中に飯を食うところもスーパーも揃っているので,駅について買い物をしてホテル,という鉄板の流れができたので良い. 中央駅のスーパーではめっちゃおみやげも買いましたし,中央駅内でお土産購入がほぼ完結できたので楽だった.

移動手段

TGV

普通にめっちゃ快適.Wi-Fiも使いやすい.

ユーロスター

乗るのがちょっと大変だったが,そこまで混んでなかったし快適. Wi-Fiの弱さが残念.

タリス

座席狭いと思うんだよなあ.Wi-Fiは普通に使えました.

ICE

Wi-Fiよし電源よし座席よし.長距離乗ったけど比較的快適.

RE

快速電車になにを期待するのか. イッヌが乗ってきたときはちょっとびっくりした. 駅からゴミ箱を撤去しまくっている国に住んでいる身としては,座席ごとにゴミ箱がついているのは面白い.

まとめ

非常に雑だが今回の滞在した都市,及び使った列車についてまとめた. 研究所めぐりだったためにどこいってもだいたい同業の日本人と会ったのだが,まあ概ね1人でうろうろしたわけだ. ドイツに差し掛かることにはかなり余裕ができていたが,それでもやっぱり大変なものだった.

このシリーズもあと1回で終わる. 白いご飯最高.

欧州武者修行記 14日目

またしても機内でいろいろとメモを書く。

テーゲル空港

14時,チェックインカウンター開く。最初の2家族が5分くらいかかる。荷物は成田までピックアップ必要ナシとのこと、信じるぞ。

手荷物検査にやたらひっかかった。オロナイン軟膏を液体物扱いされたらしい。あとベルトしてたのも良くなかった。忘れてた。

機内へ

例のごとくバスで飛行機まで連れて行かれる。 席配置は3列・2列。3列の窓側。1時間ちょっと程度のフライトだし何でも良い。 機内、どうもドリンクとかのサービスはなさそうだ。手元に有料のメニューがある。 面倒くさくなってすべてを上の棚に入れてしまったが、バッテリー切れたりしないでくれよ……?

今日のベルリンは日が出ていて暖かい。眠い。 飛行機のエンジンが回り始めた音がする。良いもの。流石に今回は寝れるんじゃないだろうか、ブリュッセルからのフライト。 ANA運行便だしもしあれば一ノ蔵飲んじゃおうかなあ。飛行機で酒飲んだことないからひどく酔うとかそういうのがわからなくて行きでは避けた。今度は夜だし、寝たいし、アリだよね。

寝てしまった……離陸した直後に速攻で寝落ちたっぽい。コーヒーでちょっと頭が痛い。ちょっと肌寒いかな。 起きてしばらくしたら、キャビンクルーさんがチョコ持ってきた。さすがベルギー。 そういえば例のイケメンはキャビンクルーだった。キャビンクルー全員男性だ。

着陸態勢に入りつつある。シンデレラガールズの曲は良い。そういえばまだ出国してないのか、パスポートコントロールを通る必要がある、ということはもしかしてもう一度手荷物検査があるのだろうか。次は引っかかりたくないものだ。

ジェットコースター苦手なんですけど、ちょっとした落下感というか降下感というか、あの、私苦手なんですけども、あの、小刻みに降りるなァーという感じ。 窓の外は「村」とか「集落」と呼びたくなるような、少ない家の集まりが多く見える。行政区域の最小単位はどこで切られてるんだろう。

飛行機移動、乗ってる間は相当楽だな。でも乗るまでが面倒くさすぎて、電車じゃなくて飛行機にすればよかった、とはちょっと言えない。一長一短であると思う。一番いいのは1ヶ所で用事が済んでくれることだと思います。

窓から荷物が搬出されるのが見えたのだが、自分の荷物が放り投げられるのを見るのは微妙な気分だった。

ブリュッセル空港

ブリュッセル、結局乗り換えのために2回立ち寄ったことになるのか。チョコレートくらい買っていこうかと画策中。

お土産購入と軽食をとり,せっかくなのでベルギービールをいただく.日本で飲むビールに味わいが似ている.

20時20分、搭乗。とりあえずLIFEを見つけたので見る。日本の税関に出すカードをもらったからあとで書こうと思う。前の座席の下に足置き?的なのが吊ってあってすげえ快適。

飛行機

離陸直後、隣のお婆ちゃんが画面の使い方で困ってたのでちょっと教えてあげる。とりあえずチャンネルガイドの冊子をみせてあげた。

よく冷えた一ノ蔵が最高にうまい。ライスクラッカー?うるさい、これはあられだ。最高にうまい。

フォースの覚醒見終わって寝て起きたんだが、画面表示が2時半すぎ、手元の時計が全部1時半すぎで、おいおい……となる。起きてしまった感じがあるので最後のジェダイ見ます。

最後のジェダイ最後まで見る前に寝てしまったけど1から6がうろ覚えなせいでいまいちスケールというか話についていけない。 合計3から4時間くらい寝た気がする。まあ着陸したら夕方なのだが。体感は朝だが。

朝食、アサリときくらげの粥?うまい。アサリもナッパもうまい。朝食後、トイレに長蛇の列。もちろん並んだ。

当機は間もなく着陸態勢。腕時計を日本時間に、スマホSIMカードを日本のものに。税関提出のカードも書いた。隣のお婆ちゃんに、1000000円って10000ユーロくらいって教えてあげた。

着陸

ただいま日本。ただいま東京。

入国審査がものすごい並んでいたのだが,30分以上並んだあとに日本人は違う列,というか並ぶ必要すらないことが判明する. どっかに表示しといてくれよな……と思いながら入国.お疲れ様でした.

欧州武者修行記 11–13日目

独逸滞在記

ベルリンで1泊、研究所のあるグライフスヴァルトで1泊、またベルリンで1泊という日程でした。電車の話は前回書いたのでとりあえず街の感じとか。

 

ベルリン

比較的都会……とはいえ首都ですから、かなり都会。東京が頭おかしいんだな、というのを再確認。

ベルリン中央駅構内のお店で様々な買い物をした。スーパーで飯や水を買ったり、おみやげのお菓子系もここで買った。なかなか便利で良い。

あとビールも一度だけ買ったんだけど、ミネラルウォーター500mLで0.5から1ユーロくらいなのに対してビールが1本1ユーロ切ってて、本当に水並みの値段でビール買えるのか……と感動した。ハイネケンおいちい。

あとは本屋に行ってみたところ、Mangaというコーナーがあって、ジャンプやサンデーのコミックスの翻訳版が置いてあった。ちょっとだけラノベの翻訳版もあった。こんなところでリズベットに会えるなんてな……キリット

観光はブランデンブルク門くらいしか有名どころは行かなかったけど、早朝に行ったから人気がなくて最高だった。

 

グライフスヴァルト

ベルリンから電車で3時間、田舎町です。大学がある街。
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今回あちこち行ったけどその中でもおそらく1番治安がいいと思われる。道端に浮浪者が座ってたりしない。所在なさげに歩いてる変なおじさんがいない。

リアル「石畳の街」で、まあスーツケース引っ張るのは大変だったけど、たいへん良い街でした。

レストランに入ってみたところ、英語メニューもありでお一人様でも迎え入れてくれたので良かった。ビール最高にうまい。最高。あと、なにか練り込んである灰色の生ソーセージ的なやつが美味しかったです。

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朝食で出てくるちょっとしたソーセージまでうまくて感動していた。研究所の人いわく、ドイツ人は朝ごはんをしっかり食べるのが好きなんだ、とのこと。

 

 その他

特になし。あとは帰るだけ!!!

欧州武者修行記 10日目

本日は移動日です


出発地:ロンドン(イギリス)

目的地:ベルリン(ドイツ)

ロンドンに前乗りして、陸路でベルリンを目指します。

8時半にロンドンを出て、ベルリン到着は20時過ぎの予定です。

 

ユーロスター

セントパンクラス駅からスタート。
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まずはイギリスの出国、そしてシェンゲン協定圏への入国(であってるのだろうか)。

イギリスはまさに、入るのは難関、出るのは簡単、という印象。ろくに質問もされず、スタンプすら押されてない気がする……。

続いての入国審査も何も聞かれずにスタンプ。

ユーロスターのロビーは、パリ北駅より広いけど人がいっぱいいる感じ。それもそのはずで、ロンドンからパリ行、アムステルダム行など、本数がおそらくパリ北駅より多いのだ。

カフェが2軒、両替商、トイレ(無料)があった。余ったポンドを全部ユーロに替えておいた。

カフェでサンドイッチとオレンジジュース、あとコーヒーを買って朝食。

ユーロスター、今回はなぜかWi-Fiに接続できず。そんなこともあるのかな。日本ならキレてたけどとりあえずカリカリしないことにした。

無事、ブリュッセル南駅へ到着。終着じゃないので寝過ごさないか少し心配していた。

 

タリス 

この日の移動で一番快適度が低かったのがタリス。

そもそもブリュッセル南駅がよくわからなくて、何語なのかなと恐々として行ったらフランス語っぽいのが聞こえてきた。せっかくなのでカフェでホットチョコレートとか飲んでた。とにかく寒かったけど、乗り換えまでひたすら待った。

 

タリスではケルンまで移動。

前の座席との間隔が少し窮屈に感じた。Wi-Fi完備。1時間半くらいの乗車だったので特に問題なし。

検札では初めてユーレイルパスにもハサミを入れられた。

 

ICE

インターシティエクスプレス、とかそんな感じの、ドイツの新幹線的ポジのやつ。

ケルンからベルリンまで、ドイツを横断した。所要時間はおよそ4時間。途中で10分くらい遅れた。

ケルンでのとりあえずドーナツの写真。


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ここでも検札。ドイツは改札がないからちょっと不安になる。表示を見て自分で改札に行って勝手に乗るのだが、実際に来た電車が表示の隣のホームに入ってきてちょっと焦った。

あと今回の旅で初めて、荷物置き場のない列車に乗った。これまで乗ったやつは大概車両の端に荷物置き場があって、そこにスーツケースを置いてチェーンロックをかけていた。

仕方ないので、座席上にスーツケースを押し込む。

この電車は意外と快適で、Wi-Fiも(よく切れるけど)あったし、電源もあった。食堂車とかもあったらしい。使わなかったけど。

 

そんなこんなで20時半くらいにベルリン中央駅到着。テイクアウェイできそうないろんな店が入っていたが、もう店員と話すのも面倒なくらい疲れていたので、スーパーを探してまたもサンドイッチと水を購入。ホテルまでは徒歩で10から15分。無事チェックインして、この日の移動は終了。お疲れ様でした。

 

 おまけ

翌日、ベルリンは雪!今回ずっと雪降ってるな……。

ホテルの朝食がめっちゃ美味しくて感動していた。
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今度はベルリンからREで移動。快速列車程度の能力らしいが、なんと3時間くらい乗る。

荷物置き場なし、Wi-Fiなし、自販機なし車内販売なし。それはそう。とりあえずこのブログを書いて時間を潰している。

ドイツ滞在記はまた次回。

あと3日で帰れると思うと早く帰りたい。